東京インターナショナル声楽アカデミーとは

「日本の心の歌を世界のクラシックに」をモットーに日本歌曲の世界での振興活動を行う、NPO法人 日本伝統文化交流協会のプロジェクト、Foster Japanese Songsでは、日本人歌手や声楽専門ピアニストが世界で活躍し、各地で日本歌曲を歌う日を実現するために、日本の声楽家と、声楽専門ピアニストの皆様に、Tokyo International Vocal Arts Academy(TIVAA)を開設しております。

TIVAAでは、毎年ニューヨークのオペラシーンで活躍する一流講師陣を招へいし、アメリカ式の歌手と伴奏ピアニストのための2週間のワークショップを実施、アメリカから世界に羽ばたくチャンスを提供しています。


常任ファカルティ: 

ホルヘ・パロディ ハワード・ワトキンス 立神粧子

 

アドバイザリー・ボード: 

中村敬一 立神粧子 岩井理花

*アドバイザリー・ボード創設時より、ボード・メンバーを務めてくださっていた、重松みか先生が2019年10月に急逝されました。ここに哀悼の意を表し、謹んでお悔やみ申し上げます。

*なお、重松先生のご遺志を受け、先生がイタリアで行っていた日本人向けプログラムをTIVAAが引き継ぐこととなりました。2020年初頭に詳細を発表いたします。これに伴い、東京とイタリアでのダブル受講のコースも新設する予定です。 

 

声楽講師

佐野成宏 岩井理花 佐藤早穂子

 

 


アドバイザリー・ボード・メンバー紹介

中村敬一

 

武蔵野音楽大学同大学院で声楽を専攻、のち舞台監督集団「ザ・スタッフ」に所属してオペラスタッフとして活躍。以後、鈴木敬介、栗山昌良、三谷礼二、西澤敬一各氏のもと演出の研鑚を積む。1989年より、文化庁派遣在外研修員として、ウィーン国立歌劇場にて、オペラ演出を研修。帰国後、リメイク版『フィガロの結婚』、で、高い評価を得、二期会公演『三部作』、東京室内歌劇場公演『ヒロシマのオルフェ』、日生劇場公演『笠地蔵・北風と太陽』で、演出力が絶賛され、1995年、第23回ジローオペラ、新人賞を受賞。2000年3月には新国立劇場デビューとなった『沈黙』が、高く評価され、2001年ザ・カレッジ・オペラハウス公演『ヒロシマのオルフェ』では、大阪舞台芸術奨励賞を受賞。オペラの台本も手がけ、松井和彦作曲『笠地蔵』、『走れメロス』、新倉健作曲『ポラーノの広場』、『窓(ウィンドウズ)』などがある。国立音楽大学客員教授、大阪音楽大学客員教授、大阪教育大学講師、沖縄県立芸術大学講師。洗足学園音楽大学客員教授。

 


岩井理花

 

 京芸術大学及び同大学院オペラ科を首席で修了。第54回日本音楽コンクール第2位、文化放送音楽賞受賞、ノヴァラ国際声楽コンクール入賞、ティート・スキーパ国際声楽コンクール1位無し2位、第1回藤沢オペラコンクール第2位、ジローオペラ賞受賞。

ミラノに留学中レッチェ市ポリテアマ歌劇場において「ラ・ボエーム」のムゼッタをはじめ「ファウスト」のマルゲリータ、「蝶々夫人」の蝶々夫人などを演じる。帰国後は二期会に所属し、「ラインの黄金」のフライア、「トロヴァトーレ」のレオノーラ、「ドン・ジョヴァンニ」のドンナ・エルヴィラ、「コジ・ファン・トゥッテ」のフィオルディリージ、「ワルキューレ」のジークリンデ、「ホフマン物語り」のアントニア、小澤征爾指揮「トスカ」のトスカ。また若杉弘指揮「撒羅米」のサロメ「ポッペアの戴冠」のポッペアでは歌舞伎の様式を借りて日本の美意識を息づかせて見せた。更に東フィルコンチェルタンテで大野和士指揮「イエヌーファ」のイエヌーファ、「遙かなる響き」のグレーテ。新国立劇場においては「ラインの黄金」のフライア、「ヘンゼルとグレーテル」の眠りの精等。またルーマニアのヤシ国立歌劇場では蝶々夫人や「仮面舞踏会」のアメリアを歌い満場のスタンディングオベーションを受ける。

 

二期会会員、日本演奏連盟会員、日本声楽家協会アカデミー会員


立神粧子

東京藝術大学卒業後、国際ロータリー財団奨学生として渡米。シカゴ大学大学院にて芸術学修士号、南カリフォルニア大学大学院にて「ピアノ共演・室内楽」の音楽博士号を取得。首席修了、同時に最優秀音楽家賞受賞。

シカゴにてコンチェルト・コンペティション優勝。モーツァルト、ベートーヴェンのコンチェルトを演奏。シカゴ響主催のリサイタルに出演。LAではコルドフスキー賞(最優秀伴奏家賞)を受賞。マダム・コルドフスキー、M.カッツ、A. スミス、R.ヴィニョール、M.イセップ、辛島輝治、井上直幸諸氏に師事。

92年帰国後は声楽を中心に弦・菅のリサイタル、室内楽、オペラ・コーチング等、共演ピアノを専門に活動。ベルリン、ウィーン、ロンドン、シカゴ、モントリオール、バイエルン、フィレンツェ、メトロポリタンなど欧米の主要オーケストラの首席奏者たち、またMET、カナディアン、シカゴリリック、LAシヴィックなどの歌劇場歌手たちと共演。国内外でリサイタル多数。伴奏に関する著述も多数。

フェリス女学院大学において、真の共演のための技術指導やコーチングの指導を20年以上にわたり行っている。2010年医学書院より『前頭葉機能不全その先の戦略』を出版。NY大学医療センター・リハビリテーション医学Rusk研究所における高次脳機能障害に対する神経心理学的アプローチによる全人的な療法的治療および認知機能の働きを示す神経心理ピラミッドを日本で初めて公式に紹介、医療現場の注目を集める。

現在、フェリス女学院大学音楽学部学部長・音楽芸術学科教授。日本ピアノ教育連盟評議員。米国Pi Kappa Lambda会員。



今までのアドバイザリー・ボード・メンバー

重松 みか

 1988年日伊声楽コンコルソにてメゾ・ソプラノ初の第1位、1991年日本音楽コンクールにて第1位受賞の後、サンフランシスコ・オペラの奨学生としてアメリカに留学。1993年ボストン・リリック・オペラにて、ベッリーニ作曲『清教徒』(マリブラン版)のエルヴィーラを歌い国際的な注目を集め世界デビュー。ヨーロッパ・デビューはリヨン・オペラでのプッチーニ『蝶々夫人』スズキ。その後もパリ・オペラ座、カルロ・フェリーチェ歌劇場、新国立劇場、ニューヨーク・シティ・オペラをはじめ欧米各国の主要な歌劇場にメイン・キャストとして出演し大成功を収める。リサイタル活動も積極的で、リヨン、サンフランシスコ、ジュネーヴ、サンタ・バーバラ、東京などでもコンサートを行い、各地で好評を博している。ソリストとして、シャルル・デュトワ、クルト・マズア、ゲルト・アルブレヒト等の指揮者との著名な指揮者との共演も多かった。ニューヨークを拠点に活躍を続けていた2019年10月、病に倒れ急逝。